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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)5857号 判決 1982年5月28日

原告 上原邦隆 外一名

被告 高槻市

主文

一  被告は、原告両名に対し、それぞれ金一〇九八万三二七六円及び内金一〇二三万三二七六円に対する昭和五五年五月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。ただし、被告が原告両名に対し各一〇〇〇万円の担保を供するときは、当該原告の右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨の判決及び仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの長男上原和浩(昭和五一年八月二三日生)は、昭和五五年五月一四日午後一時五〇分ころ、高槻市津之江北町一四の一九所在の第二津之江導水路(以下「本件導水路」という。)に、転落、溺死した(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故は、本件導水路に対する被告の管理に次のような瑕疵があつたために発生したものである。

(一) 被告が所有、管理する本件導水路は、農業用水路及び家庭排水路(汚臭の強いヘドロ状で、大人が転落しても溺死する危険性がある。)として利用されている幅員三・二メートル、水深一・八メートル(地面から水面までの深さは約一・二メートル)の導水路であつて、新興住宅街のほぼ中心を東西に貫流している。また、本件導水路の南沿いに幅員約四・四メートルの道路(以下「本件道路」という。そのうち、本件導水路側より約四メートルの幅員部分が被告所有地である。)があり、多数の幼児、子供らが、常時、本件道路を通行している。

(二) 本件導水路と本件道路との境には高さ約〇・九メートルの金網フエンスが張られていたが、転落箇所の金網フエンスの下部の留め金が約一メートルにわたつて外れていたため、縦、横約〇・五メートルの穴があいており、付近の児童等が一歩足を踏み外すか、体の平衡を失うと、右破れ目(穴)からすべり落ちるなどして、本件導水路に転落する危険な状況にあつた。

(三) 和浩は、子供用自転車に乗つて本件道路を東から西へと本件事故現場付近に差しかかつたところ、自転車の右補助輪が本件道路の路面の窪みにはまり、そのため、体の平衡を失つて北側(進行方向右側)の金網フエンス側に自転車もろとも横転し、金網フエンスの前記破れ目より本件導水路に転落、溺死したものである。

(四) 本件事故現場より約二〇〇メートル東の本件導水路では、昭和五四年五月末にも三歳の男児が転落、溺死しており、被告は、地元の津之江北町自治会から、金網フエンスを改良、補修するか、又は、本件導水路にふたをするよう要望を受けていたにもかかわらず、危険な状態のまま放置していた。

(五) 以上のとおり、本件事故現場付近には転落の危険が存在していたのであるから、被告は、本件導水路に完全なる金網フエンス、防御柵、ふたを設置するなどして、転落事故の発生を未然に防止する処置を講ずべきであつた。しかるに、被告は、漫然と危険な状態のまま放置し、そのため、本件事故が発生したのであるから、本件導水路の管理に瑕疵があつたというべきである。

3  本件事故に基づく損害は次のとおりである。

(一) 和浩の逸失利益

(1)  和浩は、死亡当時三歳の健康な男子で、本件事故にあわなければ、一八歳から六七歳までの四九年間は稼働可能であり、その間毎年少なくとも二九九万〇四〇〇円(昭和五二年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の年令階級別平均給与額年額の一・〇五九倍)の収入を得ることができたから、右収入の五割を生活費として控除し、ライプニツツ式計算方法により死亡時の一時支払額を算出すれば、和浩の逸失利益は一三〇六万六五五二円となる。

(2)  原告らは、和浩の父母として、右金額の二分の一(六五三万三二七六円)ずつを相続した。

(二)慰藉料

和浩が死亡したため原告らが被つた精神的苦痛に対する慰藉料は、原告それぞれ三五〇万円が相当である。

(三) 葬儀費用

原告らは、葬儀費用として、それぞれ二〇万円ずつを支出した。

(四) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟を原告ら代理人に委任するにあたり、報酬としてそれぞれ七五万円を支払う旨約した。

4  よつて、原告らは、被告に対し、国家賠償法二条一項に基づき、それぞれ、前記損害金合計一〇九八万三二七六円及びこれから弁護士費用相当額を控除した内金一〇二三万三二七六円に対する本件事故発生日である昭和五五年五月一四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、転落、溺死時刻は不知、その余の事実は認める。

2(一)  請求原因2のうち、被告が本件導水路を所有、管理していること、本件導水路が農業用水路及び家庭排水路として利用されている幅員三・二メートルの導水路であつて、新興住宅街のほぼ中心を東西に貫流していること、本件導水路の南沿いに幅員約四・四メートルの本件道路(そのうち本件導水路側より約四メートルの幅員部分が被告所有地)があること、本件導水路と本件道路との境にある高さ約〇・九メートルの金網フエンスの下部が約一メートルにわたつて外れていたこと、本件事故現場より東寄りの導水路で三歳の男子が溺死したことがあること、津之江北町自治会から原告ら主張の要望が出ていたことは認めるが、その余の主張は争う。

(二)被告が本件導水路の草刈り、除草作業等を委託している会社の社員が、本件事故発生日の二日前に事故現場附近の作業をした際には、本件金網フエンスに本件事故時に存したような破れ目(穴)は見あたらなかつたのであるから、右破れ目は、右作業後本件事故時までの間に生じたものである。しかも、右破れ目は、外部から容易に認識しうるものではなかつた。また、一般的に、水路沿いにフエンスや金網等の囲いを設ける場合、当該囲いの上部から下部の全面にわたつて物理的なすき間のない状態にしなければ瑕疵があるとまではいえない。

以上からすれば、本件導水路に対する被告の管理に瑕疵があるということはできない。  3 請求原因3は争う

三  抗弁

(過失相殺)

被告管内には、農業用水路や河川が多く延長六二〇キロメートルにも及び、また、二〇〇箇所もの溜池がある。そこで、被告は、子供の水死事故を防ぐため、昭和五一年度から、被告を含む二一団体で「水の事故から子供を守る市民連絡会」を結成して、対策を検討し、児童、園児へのポスター、散らしの配付、危険箇所用の看板、防護柵の材料の地元への配付、幼児(家庭)へのぬり絵付散らしの配付などを行つてきた。また、毎年被告の広報誌「たかつき」では、子供の水死事故を防ぐには親の注意が一番大切であるとの観点から、水路等付近では幼児の一人遊びをさせないようにとの注意を呼びかけてきた。

したがつて、原告らとしては、十分に自転車に乗れない幼児である和浩が、水路が存する自宅周辺の道路で自転車乗りをして遊ぶについては、できる限りこれに付き添うか、又は、常にその行動や動静に注意して、転落事故の発生を防止できるよう、又は、水路に転落したとしても速やかに発見して救助できるように監護すべきであつた。しかるに、原告らは、右監護義務を怠つたのであるから、損害額の算定にあたつては、原告らの右過失を斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁の主張は争う。原告らには過失はない。

和浩は、子供用自転車に乗つて本件道路を通常の方法で進行していたところ、本件事故に遭遇したものであつて、金網フエンスによじ登るとか、その破れ目に自ら体を入れるとかいつた通常考えられないような行動をとつて、本件事故にあつたものではない。したがつて、児童、園児への散らし云々の被告の主張は、本件事故に関しては、全く当を得ないものである。また、当時三歳の和浩が、自宅周辺を子供用自転車に乗つて他の幼児や子供と遊ぶのは正常なことであり、一々右行為に原告らが付き添うということは、むしろ異常なことといわざるをえない。

第三証拠<省略>

理由

一  原告らの長男上原和浩(昭和五一年八月二三日生)が、昭和五五年五月一四日、本件導水路に転落、溺死したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二、第三号証によれば、その時刻は午後一時五〇分ころであつたことが認められる。

二  本件導水路を被告が管理していることは当事者間に争いがない。そこで、本件導水路に対する被告の管理に瑕疵があつたかどうかについて検討する。

本件導水路が農業用水路及び家庭排水路として利用されている幅員三・二メートルの導水路であつて、新興住宅街のほぼ中心を東西に貫流していること、本件導水路の南沿いに幅員約四・四メートルの本件道路(そのうち本件導水路側より約四メートルの幅員部分が被告所有地)があること、本件導水路と本件道路との境にある高さ約〇・九メートルの金網フエンスの下部が、約一メートルにわたつて外れていたこと、本件事故現場より東寄りの導水路で三歳の男児が溺死したことがあること、被告が、津之江北町自治会から、金網フエンスを改良、補修するか、又は、本件導水路にふたをするよう要望を受けていたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第二、第三号証、乙第九ないし第二九号証、原告上原邦隆本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第一、第四号証、証人中村の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第八号証、原告上原邦隆本人尋問の結果によつて昭和五五年六月五日和浩の自転車を撮影した写真であることが認められる検甲第一号証、本件事故現場付近の写真であることは当事者間に争いがなく、右尋問の結果によつて同日ころ撮影された写真であることが認められる検甲第二ないし第一三号証、証人中村の証言(以下の認定に反する部分は除く。)、原告上原邦隆本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

1  本件導水路は、新興住宅街のほぼ中心を西方から東方へと貫流している。その流水は、本件導水路が農業用水路及び家庭排水路として利用されていることから、よどんでおり、ガスが発生して悪臭も漂つている。本件導水路の幅員は三・二メートル、水深は一・二メートルである。

2  本件導水路の南側に沿つて、幅員約四・四メートルの本件道路(そのうち導水路側より約四メートルの幅員部分が被告の所有地)があり、そこでは、付近に佐宅が密集していることもあつて、子供が自転車を走らせて遊ぶことが多い。また、本件道路の路面と本件導水路の水面の高低差は約一・二メートルであり、本件道路の北側の水面に至る側壁は、水面に対して垂直の角度である。

3  本件導水路への転落を防止する施設として、本件道路と本件導水路との間に高さ約〇・九メートルの金網フエンスが設置されている。右金網フエンスは、本件道路から本件導水路の水面に向かつて約〇・四メートルのところの道路側壁に金具で固定されていたものであるが、本件事故現場の金網フエンスは、本件事故よりかなり以前から、この止め金が約一メートルにわたつて外れていたため、本件道路側から右フエンスの下部に対し外力が加わると、右フエンス本件導水路側に押されて、水面に向かつて縦、横各〇・五メートル程度の空間(破れ目)が生ずるような状態にあつた(証人中村の供述中には、中村が後記除草時に金網フエンスを見た際には、右のような破れ目はなかつた旨の部分があるが、同証言によれば、同人は、金網フエンスを手で押して確認したわけではなく、目で確認したにとどまつたことが認められるから、右認定事実に照らすと、右部分のみでは前記認定事実を覆すに足りない。)。しかも、右フエンスの前の道路に窪みがあつたため、本件道路を自転車で走行する子供等が、車輪を右窪みに取られて転倒するなどして右フエンスの下部に倒れかかると、その重みで右フエンスが押されることによつて生ずる前記空間(破れ目)から水面に向かつて転落する危険が十分にあつた。

4  もつとも、本件事故の二日前までは、本件道路のうち金網フエンスから約〇・六メートルにわたる未舗装部分には、高さ約〇・四メートルの雑草が生い茂つていたため、本件道路を普通に通行する限り、本件導水路に接近することはできなかつたのであるが、イワキ工業株式会社の社員中村明和らが、被告の委託を受け、右雑草を刈り取つたため、右未舗装部分も道路として使用することが可能となり、前記転落の危険が現実化することとなつた。

5  和浩は、昭和五五年五月一四日午後一時ころから、子供用自転車に乗つて、自宅(本件導水路の近辺にある。)周辺を友人らと一緒に遊んでいたところ、同日午後一時五〇分ころ、本件道路の導水路側を東方から西方に向かつて走行した際に、道路の前記窪みに自転車の右補助輪を取られ、平衡を失して自転車もろとも本件導水路側に横転した。そして、和浩は、体とご金網フエンスの下部に倒れかかつたため、右フエンスと本件道路との間に生じた縦、横各〇・五メートル程度の空間(破れ目)を通つて、本件導水路に転落し、本件事故が発生するに至つた。

6  被告市内では、総延長六二キロメートルにも及ぶ河川、用排水路や、二〇〇箇所もの溜池があるため、毎年、子供ひ水死事故が数件発生しており、本件事故の一年ほど前にも、本件事故現場から東方へ約二〇〇メートル下流のところで、三歳の男児の転落、溺死事故が発生していた。右事故後、地元の津之江北町自治会は、金網フエンスが設豊後相当期間を経過して古くなり、錆びて動く箇所もあつたことから、再び転落、溺死事故が発生することを懸念して、被告に対し、右フエンスの修理や、右フエンスの道路側前面ヘガードレールを設置すること(本件事故現場から西方約二〇メートル以西の導水路には、本件事故の約一年前、金網フエンスの前にガードレールが接着して設置された。)、あるいは、本件導水路にふたをすることなどを要望していたのであるが、本件事故に至るまで、本件事故現場付近の導水路には、何らそのような手当ては施されなかつた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上検討してきた本件導水路の構造、用法、場所的環境、付近道路の利用状況その他諸般の事情(特に、本件導水路は、水深が一・二メートルあつて、子供等が転落した場合生命を失いかねない危険な営造物であるにもかかわらず、本件事故現場における金網フエンスの下部が約一メートルにわたつて固定されていなかつたことなど、転落防止設備が不十分であつたこと。)を総合考慮すると、本件導水路は、営造物として通常有すべき安全性を欠いていたものというほかなく、したがつて、被告の本件導水路に対する管理には瑕疵があつたというべきである。そして、本件事故は、右瑕疵によつて発生したものということができるから、被告は、国家賠償法二条一項により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

三  抗弁につき検討する。

前記認定事実に、原告上原邦隆本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告らは、和浩に対し、本件導水路に落ちたら死ぬ恐れがあるから、転落する危険のあること(例えば、ボール遊びをしているときに導水路に落ちたボールを拾いに行くことなど)は決してしないよう注意していたこと、和浩は、本件導水路に転落する危険性のある行動をした結果、転落、溺死したものではなく、本件道路を子供用自転車で走行中、道路の窪みに補助輪を取られて転倒したはずみに(子供が自転車で走行中転倒することはよくあることである。)、金網フエンスの破れ目から転落、溺死したものであることが認められ、右認定事実に、原告らに、金網フエンスの下部に破れ目があることまで予想して、和浩に対しそこから転落しないよう注意することを期待するのは難きを強いるものであることを合わせ考えれば、原告らに監護義務違反があつたとみることは到底できず、被告の過失相殺の主張は採用することができない。

四  本件事故によつて生じた損害について検討する。

1  和浩の逸失利益

和浩は、本件事故当時三歳であつた(前記争いのない事実)から、本件事故がなければ、一八歳から六七歳まで稼働し、その間毎年収入を得られたものであるところ、昭和五五年度賃金センサス第一巻第一表によれば、産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者の年間平均給与額は三四〇万八八〇〇円(二二万一七〇〇×〇一二+七四万八四〇〇)であるから、これを基礎として、右金額から生活費として五割を、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息をそれぞれ控除して、逸失利益の原価を求めると、一四八九万四七五一円(三四〇万八八〇〇×〇・五×八・七三九)となる。そして、原告上原邦隆本人尋問の結果によれば、原告らは、和浩の父母として、右金額の二分の一にあたる七四四万七三七五円ずつを相続したことが認められる。

2  原告らの慰藉料

原告らが和浩の死亡により多大な精神的苦痛を被つたことは認めるに難くなく、右精神的苦痛に対する慰藉料としては、それぞれ三五〇万円が相当である。

3  葬儀費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは葬儀費用としてそれぞれ二〇万円ずつを支出したことが認められるところ、原告らは、右金額を本件事故により被つた損害としてその賠償を請求しうるというべきである。

4  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは、本件訴訟を原告ら代理人に委任するにあたり、報酬としてそれぞれ七五万円を支払う旨約したことが認められるところ、本件事案の内容、本件訴訟の経緯、認容額等に鑑みれば、原告らは、右金額を本件事故により被つた損害としてその賠償を請求しうるというべきである。

五  よつて、原告らは、被告に対し、それぞれ、前記損害金合計一一八九万七三七五円及び内全一一一四万七三七五円に対する本件事故発生日である昭和五五年五月一四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるものである。そうすると、右範囲内での支払を求める原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行及びその免脱の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 島田禮介 栗栖勲 山田俊雄)

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